全てめんどくさい。と、ふとした瞬間に思ってしまう。
悪いことじゃないのかもしれないが本当にもう何でもかんでもすべて面倒で嫌でどうにでもなってしまえと思うことばかりだ。
疲れているんだろう。自分にそう言ってみる。「ほな、休みなはれ~」とでも誰かが囁いてくれはしない。もう疲れた。無職の癖に疲れてやがる。なんなんだこれ。自分で自分が嫌になる。
これの繰り返し。いつかこの繰り返しの終点まで行ってしまうんだろう、その時は年老いて歩くのもやっとのことよ。そもそも老人になれるかどうかもわからないし、あっけなく若くして死んでしまうかもしれない。災害、病気、事件に巻き込まれるなど、自分には関係ないと思ってしまうけれども、意外と隣の町では起きていることだったりする。
どこか旅行に行きたい。贅沢な旅行は望んでいないので。安い移動手段でとにかく遠い場所に行きたい。知らない場所やらに行くだけ。そこで有名な料理を味わうとかはしなくてもいい。とりあえず遠い場所の地面を踏めればオーケー。
冬にでも行こうかな。でもその前に引っ越しが先かな。早く引っ越したいという欲のほうが勝るかな。
今日、『模倣犯(四)』を読み終えた。明日から『模倣犯(五)』を読み始める。
もやもやとする。何かしらもやもや。頭の中でもやもや。疲れているのかな。ゆっくり眠れればいいのだが。大抵朝の5時に目が覚めてしまう。これはなんだ。歳か。もうそんな年齢か。おじいさんか、いやおばあさんか。性別の問題じゃない。
時に何も楽しめなくなる瞬間がある。ちょっとゾッとする感覚。この世の中に自分を楽しませる方法が何もないのではないのかと思うと、これからの人生が真っ暗になる気がする。何も興味を持てない、楽しめない、ワクワクしない、楽しめない。あー、怖い。
どうするんだこの怠け者の人生は、これから長いんだか短いんだかわからない人生を何に費やせばいい。わからない。夢なんてない。あったら楽なのか、いやそうではない。夢を持っていたらそれはそれで苦しむ瞬間も多いだろう。じゃあ夢なんて持たないほうがいいか。そっちはそっちでどうも悲しいのかな。でも、夢がなくても死にはしない。
何かにすがることで幸せを感じるのが人間なのかな。趣味、思考、恋人、ペット、宗教、政治、占い、友人、かくかくしかじか。何かによっかかりたい、と思うのが幸せなのかな。きっと。推し活とかもそうか。推しか~、推しね~、いないな~。いまだに推しといえるほど熱狂的に何か一つにハマることがない。悲しい人なのかな。どこかで飽きてしまう気もする。
めんどうな最近。文章を書くことで、スッキリまではいかないが頭の中を整理。大した内容が詰まっていた脳ではなかった。
明日も日雇いか。疲れてんだか、疲れてないんだかよくわからない。